The Test For Lives

ご支援いただいたみなさまから、たくさんのメッセージが届いています。【2016/03/12更新】




もう5年、まだ5年ですね…。



このサイトの義援金の受付をこれからも続けて下さいm(_ _)m



阪神淡路大震災の被災者として思うことがあります。

一番の支援は、『忘れない』ということ、ではないかなと。
当事者でも忘れてしまうことはある、というよりも、忘れないと生きていけない時があるのですよね、悲しいですけど。 東日本大震災の被災者の方々の心&物理的復興は長い長い時間と莫大なお金を要すると思います。 が、一番は『思う心』が必要なのではないかな、と。 非力でも微力でも、この試みがそこに繋がりますよう、 そう生かされし毎秒に願いをこめて購入させていただきます。
一義さん、届けてね、あなたの声と共に。
(カサイ愛さん)



物事を心に刻み、想い続けていくのはそう簡単なことではありません。

ただ、目まぐるしく過ぎていく日々の中で、 ふと、あの日起こったこと、それに向き合い続けている方たちに想いを馳せ、
「僕らにできることは何だろう?」
「僕らがしたいことは何だろう?」
と問い続けることが『The Test For Lives』プロジェクトなのだと、 時が経った今、改めて強く感じています。

一日も早く東北の地におだやかな日常が訪れますように。
(ずんださん)


なかなか行動を起こせない自分ですが、こういう機会を設けてさらに続けてくださっていることに感謝します。
また音楽でみんなと会えますように。



あの日から丸3年、忘れ去られることがないように…。
そして自分が忘れないために。



早三年、まだ三年。自分の中ではどこかあれからまだ止まったまんま感が大きくてどうしたもんなのか、って思います。何事もなかったかのように色んなことが進んでいるのがなんか不思議でたまりません、っていうのが正直なところで。当たり前のように今年も被災地をクローズアップするようなテレビ番組が放送されて、また何もなかったかのように日常に戻って一年がたつのでしょうか?なにも取り戻せてない現実がたくさんあると思うと薄っぺらな言葉だけど、心が痛みます。なにもでにないけど、寄付をすることで自分をしっかりさせようと、……夜なので何が言いたいのかわからなくなってきましたが、少しでも誰かのためになれますように。バッチは持っているのでいりません。少しでも前を向ける生活が戻ってきますように!!!



1回、忘れると続けて忘れてしまう。慣れって怖いね。



再就職が決まってお給料が出たら、もう一度と思ってました。
「忘れない」を忘れずに。
明日の武道館、いつも自分の支えになってくれている音楽に会いに行きます。



今日で一年半なんですね、心が痛みます。バッチは持っているのでいりません。
少しですが誰かの役にたててますように。よろしくおねがいします。



もうすぐ1年。何があったんだろうね?こんなんなっちゃって。
ホント、1年は、長くて短い。いろいろ変わって、何も変わってない。まだまだ怖い。
でも元気に生きなければ!何も終わってないもんね。
この微々たる気持ちが誰かの笑顔に繋がりますように。よろしくお願いします。



少しですが誰かのお役にたてますように。



一義くんが何やら動きはじめてる事が、とても嬉しいで。
ニコニコする為に。ニコニコして下さい。



お礼を言うのが随分と遅くなりましたが、
私、寺子屋最終日に、サイン入りのジョウロが当たりました。
受け取る際、緊張しすぎてやっと会えた一義くんの手の感触を覚えていません。
(まっちぃがイイ臭いしたぐらいしか覚えてない?
この場をお借りして、お礼を言わせてください。ありがとうございました。大切に飾っています。
震災以降、東北方面を中心に、ライブやら、イベントやら、フェスやらが行われていますね。
私もいくつか行きました。
アーティストの方々、みんな多くは語りませんが、
痛いくらいの、願いや、同情や(悪い意味ではなく)、
希望や、怒りや、いろんな想いが強く感じられました。
私の町は、被災地とは言っても、深刻な被害を受けずにすみました。それでも、有り難いです。
想ってくれることや、そこで歌ってくれることが、とても有り難く感じました。
正直、一義くんの声も聞きたいと思いました。
今、一義くんの中で、最良な想いや行動を持っているんだとも思っています。
でも、これだけ。何もなくったって一義くんに会えるのは嬉しい。こんな時だったら尚更。
それに、一義くんの声はとても光があります。
何も考えずに、力まず、かっこつけず、ただただ、歌ってほしい。
テレビの中や、パソコンの中じゃ感じられない事がライブって何百倍もあるでしょ?
(個人的には『まんまる』歌ってる時の一義くんが好き)
いろいろ事情もあるかも知れないのに、こんな事を書いてしまってごめんなさい。
でも、『歌』を発信したら、受け取った側は、
少なからず目の前で歌ってくれるのを望むんだと思います。
一義くんの歌が聞きたい人は沢山いますよ。。。
まとまりなのない文章を最後まで読んで頂いてありがとうございました。
追伸… JAPANフェスでは『あの荒野に花束を』が、
新木場サンセットでは『キャノンボール』がかかってました。嬉しかったです。



あの日から10年、あの日から半年。
短いようでながかったような気もしますが、この半年はぽっかり穴が開いてるような感じです。



3月11日からちょうど6ヶ月が経ちました。
未だにあの日から時計が止まったままのような気がしてなりません。
まだ苦しんでいる人が大勢いると思うと胸が痛くなります。
どうか、これ以上苦しむ人が増えない事を祈るばかりです。
(ちょろさん)



毎日のニュースや知人の言葉、中村さんの音楽。
これらに触れながらずっとずっと考えて、夏の休暇にボランティアに行くことに決めました。
緑のバッジに力をもらって、前に進もうとしている誰かのために少しでも役に立ってこられたらいいな、と思います。



今回の中村さんの取り組み、今更に知りました。この場に感謝します。是非、参加させて下さい。
今なお、多くの命が苦しんでいる現実…
自分にできる事は、目の前の命を大切にする事…
私には、人間の家庭は無いですが、人に見捨てられたり、様々な事情を抱えた五匹の犬達との家庭があります。
今回の震災、人々の叫びと共に、動物達の叫びに胸がかきむしられる想いです…。
声無き声に耳を傾けられる者でいたい。
祈りにも似て否なる話題を持って、懲りず、君に届ける、届けるから…
(ムラカヨさん)



この活動の名前がすごく勇気がわくと思いました。続けようと思っています。



あれから2か月。
最近、震災との距離感がうまくつかめない自分がいます。
地震直後にもまして、
「“忘れない”を忘れない」ことが大切に思えます。
自分にできることは少なそうですが、
こういう場を設けていただいたことに感謝させてください。
ありがとうございます。
中村さんの音楽も聴き続けていきます。



以前のようにLIVEに出て下さい。
野外ステージで歌われることをお待ちしています。



これからも中村さんの曲を聞く毎日です。



皆様の笑顔が咲きますように。
一日も早い復興を心から願っています。
(大塚由梨さん)



中村一義さんの音楽を聞くと元気が出ます。
日本も早く元気になれますように。
(かんちさん)



初めて聴いた時からずっとずっと大好きです!!!
今日は会えると思っていなかったのでひたすら緊張しまくりです。
今度は是非ライブ会場で顔が見たいです!!
(みかりんさん)



希望を持って復興していってください。
絶望の望を信じます。
(麺屋 隼さん)



『The Test For Lives』微力ながら参加させて頂きました。
愛が全ての人たちに分けられていますように。
(samugariさん)



以前も、この『The Test For Lives』にメッセージを送ったことがあり、
また、こういう機会があってほんとうに嬉しく思います。
このプロジェクトには機会があれば多く参加させて頂きます。
(なおちさん)



かれこれ10年間、たまにとってもいろいろ頂いています。今28才。
(マツさん)



多分緊張してうまく話せないと思うけどこのような機会を与えてくれてとても嬉しいです。
音楽で明るくして下さい。元気になりました。
(chigusa56)



ライブありましたら、これからも行き続けます。
毎日不安定な日々ですが、前向きにいきていきたいです。
今日はありがとうございました。



“ガンバって下さい”といコトバだとどこか無責任で他人事のような気がするので、
みんなで“ガンバりましょう”。
(KUJIRAさん)



自分には何が出来るのか
わからずにもんもんとした日々をおくっている時、
とにかく今はどんなに小さくても何かに参加してみようと思って
今日もここへ来ました。
きっかけをくれてありがとう。
(UKさん)



震災にあわれた方に、何かできそうで何もできない
無力な人間なので、このような型で義援金を渡すことができてよかったです。



学生の頃からブランクありますがずっと聴いています!!
今日来てヨカッタ、中村一義の音楽に会えてヨカッタ、本当にヨカッタ!!!
今自分はここに居て幸せです、ハッキリと。
(ネコロジックさん)



日本が、100sが、中村一義さんが大好きです。
応援しています。
(宇都宮恒平さん)



いつの日も笑顔でいれるように!



関西からひっこしてきて地しんがあって、オロオロしちゃったけど、
関西のともだちがたくさん心配してくれて
すごくともだちのありがたさをつうかんしました。
こっちでも、ともだちつくります。
まずは江戸川行きます。ありがとう。



いつかは光が降り注ぐ日がやってくると思います。



皆HAPPYになれますようにー!!
(さきちゃんさん)



中村くんの音楽がそして100sの音楽がみんなにパワーと魔法を与えてくれる!!
心がちょっとでも元気になれるそんな音楽の魔法を信じてます。
(miiiiiioさん)



お話をした10分弱の時間で、一生分の汗をかいた気分です。あー、幸せです。あついです。ふう。
今日のこの回で多くの人が幸せにつつまれたと思います。
これからも頑張ってください。
いつも私の道しるべです。うちのふくちゃんも大切にしていきます。
(juaさん)



仕事を一時脇に置いて義援にかけつけました。
道中、車がこわれたアクシデントがありましたが
ようやくたどりつけそうです。
いつもありがとう!そして今後もヨロシク。
(くにさん)



今できることを精一杯!
このプロジェクトを通じて今一度感じました。
(ようこさん)



こういった活動が本当に有り難いです。
100sファンの友人が仙台にいるので、ものすごく励みになると思います。
「頑張りましょう」と仰って頂けて、私にとっても励みになりました。
共に頑張っていきましょう!!



なにかできることは?と思い今回寄付させていただきました。
(ともぴさん)



募金は初めてしました。
(堤内彩香さん)



がんばれる人はがんばればいい。
がんばれない人は少し休んでいたらいい
(かっぱさん)



少しばかりですが私も協力できてうれしく思います。
中村一義さんの歌声でみんなをしあわせにしてください。
(木村美那子さん)



少しずつでも、前に進むことができるために、
ほんの少しでも、上を向くことができるために、
ちょっぴりずつでも、気持ちが軽くなるために、
何かひとつでできたらと思い参加しました。
生きていますから。
(さかなさん)



学生を終えて働き始めて、音楽を聴く余裕もなくて消えたいばっかり考えていたとき、
キャノンボールを聴いて自分の今が恥ずかしくなるようなビンタをもらいました。
中学の頃、中村一義さんの音楽を聴いて、生きることに希望をもらった頃と今の自分があまりにかけはなれていて悲しくなりました。
来月に今の仕事をやめて、新しいことを始めます。今日は背中を押してもらえました。感謝しています。



「雨にも負けて風にも負ける、
でも晴れた日には進める生き物ならば」
(春心さん)



今日頂いたパワー、必ず地元(福島)へ持って帰ります!
シャンプー答えて頂いてありがとうございました。
(佐藤裕さん)



1年半ぶりの里帰りで地震がきました。
青森は停電位で済みましたが、友人の住んでいる気仙沼は凄いようです。
友人も被災者ですが、たき出しの手伝い等をしていると言っていました。
被災者同士が助け合っているのが凄いですよ。今回の事で家族の大切さを痛感しました。
(ムラサキさん)



中村さんがこのプロジェクトを立ち上げていた事を知りました。
中村さんは企画に賛同し参加はしても、立ち上げる事はしないかなと思っておりました。
..ごめんなさい。
でも、ありがとう。
なんかとっても嬉しいです。
私は東北出身なので、いつも実家に帰る時に新幹線から見ていたあの風景が
壊れているのかと思うと心が痛いです。
震災から1ヶ月半過ぎて、改めて人間はすごいなって思いました。
落胆するようなニュースもあったけれど、
世界中からたくさんの祈りや愛が伝わり、
それを受けてか、前を向き少しずつ歩き出そうとしている被災地。
そんな人達の姿に見て、感謝し勇気をもらった気がします。
勿論そんな風に心の強い方ばかりではないと思います。
人それぞれ心の傷が癒える時間は違うから、『赤が青に変わるのなら』
長く皆で見守り、支え合っていけたらって思います。
人は忘れやすいです。
身近になければきっと心の中から消えていってしまう。
忘れたくない。
私の中で故郷は「東北」なんです。
だからこのバッジを作ってくれた中村さんの想いに感謝し、自分にできてしたいことを、勇気を出してやっていきたいです。
これからもずっと、その時の自分にできることを。



震災後、自分がよく「光は光」を自然と口ずさんでいることにふと気がつきました。
中村さんの音楽は、こんな状況の中、無意識のうちに心が求めるような、何か力を与えてくれる音楽なんだと改めて気がつきました。
そして、中村さんならきっと何らかのアクションを起こしているのではと思いHPをのぞきました。
私は美術館に勤めており、復興への思いを込め、今夏開催の展覧会にむけ準備を進めています。長丁場になる震災からの復興。
芸術の力を通して皆さんが少しでも前向きな気持ちを取り戻してくれればと願っています。



友だちが福島で被災しました。
その想いもこめて来ました。



いつもありがとうございます。
中村くんを100sをずっとずっと好きです。
大切な音楽と友達との出会いをありがとう。
これからもずっと大好きです。
(ゆーさん)



これからもこの様な機会を行っていき
復興の支援を行なって欲しいと思います。



1つでも多くの笑顔が戻ることを祈って。
自分自身の軸をずらさぬよう毎日生きていこうと思います。



うわわわーと緊張いたしましたが、
おもしろかったです。
あんまり顔見れませんで…
かくれんぼですね。
偶然見つけましたヨ。
楽しかです。
今後ともよろしくお願いいたします。



お手紙に色々自分の考えた事をかきましたが
こうやって同じ想いの人が沢山いて
もっと頑張れる気がしました!!



今日は仕事を休んで栃木から来ました。
落ちついたらライブやって下さい。
少しですが協力させていただきます。
笑顔でまた会えますように!!



今日はたまたま仕事が休みで運が良かったです。



お花見がこんなに楽しくないとわかったし、けどみんなといっしょにいるのが
こんなにも幸せなものだと、すごく実感した春でした。
これから東北のために日本、世界のひとたちがPEACEと祈って、
早くみんなで3月11日を祝えるといいなぁ!
がんばります!!
あいかわらず中村くんの音楽でみんなを笑顔にしてほしい!!
(うまさん)



冬は必ず春となります!
(橋本美知代さん)



HPで義援金のことを知り、自分の中で迷っていた気持に1本線ができました。
ずっとこの機会をもうけていて下さい。
微力ながら続けたいと思ってます。
(habimaruさん)



いつ聴いても心にひびく中村さんの歌が大好きです。
これからも、いついつまでも中村さんの歌声を楽しみにしています。



ガンバレなんて簡単に言えない状況だと思います。
皆で一緒になって、この困難を乗りこえましょう!



みんなで力を合わせましょう。
(HARUさん)



本当にすごくスキです。
赤ちゃんといっしょに必ずLIVE行きます!



微力でもよい。
自分が出来ることをしようよ。
今、この一瞬を大切に。
(minisaruさん)



音楽は人と人をつなぐ
音楽で日本が少しでも明るくなりますよおに
素敵な音楽が被災地へとどき
笑顔があふれますよおに
(西山裕香さん)



中村くん、いつも素敵な歌をありがとうございます。
中村くんの曲は毎日家族で聴いています。
これからもずっと聴き続けます!!
バッジ、子どもたちにもいつも身につけさせます!!
(はるゆうさん)



『The Test For Lives 』プロジェクト最高っす。
なんだろう、言葉にできないほど素晴らしいと思います。
これからも応援しつづけます!!
(カルビ専用ごはんさん)



まさか自分が生きているうちにこんなことになるとは思わなかった…。
音楽の力が届く日々を信じて。
(河童童子さん)



中村貴子さんのミュージックスクエアで「犬と猫」を聴いて以来ずっとファンです。
ナカムラくんの音楽が一人でも多くの人の心に届くことを祈っています。
(イシカワジュンさん)



みんな一つになって頑張っていきましょう。



一義さんに会えるの楽しみです。
前髪そろっているかしら…。



ちょっと前まであった当たり前の毎日が必ず戻ってきてくれる事を信じてます。



このような機会をあたえて下さったことに感謝しております。
できることを、続けていきたいです。



もう何もかも元通りにはなれなくても、新しい日本を作るために
一歩ずつ前進していきたいです。
小さなことしか出来ませんが、続ける事が大切だとしんじてます。



今までありがとう、
そしてこれからも。



私は地震で無くしてしまったものはありません。
それなのにとても毎日怖く警報が電車で鳴るとドキドキしてしまいます。
被災地の方はこんなもんじゃないのだから本当に強い気持ちを持って日々生きてられるのだなぁと思います。
こんな非力な私ですが、少しでも力になりたいと思います。よろしくおねがいします。



一義さんと同じ地元でよかった。
またバイト先に来てほしいです。
100s/中村一義最高です。
(西村勇貴さん)



生で話せて感動しました!
これからもがんばってください!!
(HIGEさん)



3.11を忘れない。
今の思いを忘れない。
一人一人の思いが大きな力になって
被災地の人に届きますように。



今まで、生きるのを楽にしていただいた
御恩は忘れません。これからもよろしくお願いします。
(青山昇平さん)



変わらずに



一人でできることは限られますが、
力を合わせていきたいですね。



仕事で東北へ電話をかける事が多く、
大船渡や仙台にかけたときに普通にやりとりが出来ると感動してしまいます。
地震が起きるまでは普通だった事も感動してしまいます。
(佐藤玲子さん)



中村君がこのプロジェクトを立ち上げることに感動して
僕も寄付させていただきました。
これからも応援してます。



今日はどうもありがとうございました。
お会いできてとてもうれしいです。
手がブルブルしてます。
これからも応援してます。



俺の実家は仙台です。
地震でやられましたー!!
でも元気にがんばるのさ。
(エノモトさん)



どうしたらいいかわからないときに、
道を示してくれる人がいることにすくわれる。
忘れないを忘れない。胸にきざんで生きていきます。
いつも本当に中村さんの言葉にすくわれます。



14:45までの平穏な日々 戻らない。
これからも圧倒的な力に飲み込まれることがあるだろう。
それでも私は生きたい。
人に優しくありたい。
中村くん、動きだしてくれて、ありがとう。



宮城に住む僕の祖父と祖母、たくさんの親戚が今回の地震で被災をしました。
3月11日、ニュースであの光景を目の当たりにしてから、
これほどまでに「生きていて!」と強く願ったことはありませんでした。
幸いにも皆の無事は確認できましたが、
当たり前のように存在していると思っていた「生」について、
突き付けられた瞬間でもありました。
祖父母は家を流されても、
またその土地で生きるべく、準備を始めようとしています。
未だ厳しい状況の中にいる被災地の方々が
力強く、ひとつずつ「生」を積み重ねられているように、
大きな被害を受けていない自分たちも
丁寧に、確実に「生」を営んでいくことが大切なのかなと思います。
生きることの意味は分かりませんが、
少なくとも義務感や自責の念による「生」ではないと、僕は思います。
僕らやあなたの日常に、昨日よりも明るい笑顔が溢れ、
素敵な音楽が鳴り響く今日や明日が訪れるように、
生きていきたいなと強く強く願います。
(山内雄太)



東日本大震災、長野県北部大震災と立て続けにこった地震に心を痛めています。
私に出来る事、ほんのささいな事かもしれませんが、
少しでも力になれるなら、出来る限りの事をしたいです。
みんなで協力して、がんばろう!
(サヤカさん)



中村さんの音楽は、心の奥の一番深い所に呼びかけてくれる、とても大切な音楽です。
ぼやけたベールが一気にはがされて
新しい景色が見えます。一瞬で。
生きてく力をもらています。
(玲奈さん)



義援金を送りたいのだけれど、
今、たくさん義援金の窓口があり
どこに送ってよいのかわからなくなっていました。
中村くんがこういう手をさしのべてくれて
あ!わたしここ!と素直に思えました。
自分一人の力はすごく小さいけれど
このバッジを見るたびに、ふんばるパワーが溢れそうです。
ありがとうありがとう



これからもずっと、中村一義の音楽を鳴らしてください!!
(HIRO_RC51さん)



今日は娘と来ました。
たくさんの命がなくなってつらい気持ちばかりでいたけど
ちゃんと行動しようという後押しになりました。
ありがとう。
(西田みゆきさん・れゆさん)



毎日地震と原発でおびえて、近所しか出歩くことが出来なかったのですが、今日はどうしても中村君に会いたかったので勇気を出して、来てしまいました!元気そうな中村君の姿を見れて安心しました。また次のライブで会えるのを信じて待ってます!
(ちょろさん)



現代の魔法使い、中村一義LOVE



みんなでガンバロウ!!
(TOYYAMさん)



このプロジェクトを立ち上げて頂いてありがとうございました。
これを知ったのをきっかけに、週末にボランティアに行くことを決めました。
まだまだ不安が続いていますが、少しでも役に立てるよう行ってきます。
中村さんは実際に行くことよりも音楽を通して夢や希望をたくさんたくさん広めてください。
これからもご活躍を楽しみにしています。
(ハンザワジュンコさん)



私は福島のいわき出身です。
このようなプロジェクトを立ち上げていただき、
本当に感謝しています。
いつか東北のみんなが、また音楽を心から楽しめる日が来ることを
祈っています。
(山下美奈さん)



全く知らない人の痛みに寄りそえる心が、
確かに誰かを救う力になるんだと思います。



関西にいて何もできないことがとてもくやしい思いをしていました。バッジを買うことくらいしかできないけれど、家族にもバッジを配り、同じ気持ちを持てたらと思います。
仕事の休みをとって兵庫から来てよかったです。ずっとずっと光のような存在だった中村一義さんにお会いできてお話をすることができるなんて思っていませんでした。言葉にできない感動をありがとうございます。



もう少し落ち着いたら、きっと福島に行ってラーメン食べたり野口さんの記念館行ったりしたいです。一義さんと出来ることをコツコツやっていこうと思います。
(はちさん)



がんばっている人にガンバレ!とは言いにくいです。いつも心の中で思っています。何かあったときには、じっくりお話を聞きます。
(teateauhさん)



音楽が何人の人の心を安らげるかわからないけど、それでも音楽は鳴り響くべき。



一義さんとお会いするのは九段会館以来2度目です!今日本が大変なときですが、こんな時こそ音楽で明るくできたらいいですね。
(やすこさん)



みんな幸せでありますように



祈りを形にするプロジェクトをして下さり、ありがとうございます。
この祈りが具体的な形になるようにただ願うばかりです。
(高野清久さん)



自分1人が出来ることは小さくても皆で心1つにすれば大きな力になると思います。一緒にプロジェクトに参加できて嬉しいです。
(寺島結子さん)



今回のプロジェクトにとても共感しました!中村さんの音楽は必ず届きます。



モノブとの共演、本当にどっちも大好きなのですごくうれしいです!!
弾き語りも、映像で見られてうれしかったです。ライブ楽しみにしています!



これからもがんばってください。応援しています。
(マミさん)



中村さんの14年間の重みと、地震の重みが重なり、どちらにもがんばって頂きたいです。
私もこの重みを支えられるようにがんばります!!



震災が起きる前と起きた後、自分の中で確かに大きく意識が変わりました。
何かしたいけれど、何ができるか、募金しかできない?
ずっと考えています。
個人個人の小さな力でも大きな愛と想いを持って同じ気持の方たちと、力を合わせていけば、きっと変わっていくと思うし、大きな力になると思います。
一義さんの立ち上げたこのプロジェクトを全力で支持します。ありがとう。



とても大変な時ですが音楽の力はとても大きいと信じています!
みんなで音楽を聞いて奏でて乗り越えましょう!
(清水優志さん)



福岡からこのためにやってきました。
中村くんの音楽に出会って本当に幸せです。
今度の震災は多くの人の人生を変えてしまいました。
私の知人も被災しています。でも日々「負けるもんか」と歯を食いしばって生きています。
彼は音楽を愛する人で、いつも音楽に支えられているそうです。
中村くん、彼らを勇気づけ背中を押すような音楽を作りつづけてください。
(ぷっちーにさん)



強い心を持って前に進んで行きましょう。
(あやめさん)



この1ヶ月中村君の歌をきいてとてもはげまされました。これからもじっとじっと歌いつづけて下さい。



中村君とみんなとで一緒にがんばろう!
(イナガワヨウヘイさん)



色々大変な状況で「生きている」。それを強く感じます。これからも皆の『太陽』でありつづける中村一義でいてください。



中村さんに会えて、良かったです。
パワーをもらいました。
「生きていれば。生きていれば、大丈夫」
その力強い言葉はこれからも私にとって大きな力になると思います。

生きていれば、会えるんですね。

被災した方々にもいつか是非会いに行ってほしいです。
これからも音楽を届けてください。
(りおさん)


地震の際は本当に映画をみているようでした。
被災地にいますが 被災者だと思っていません。大好きな一義さん。ありがとうございます。



あきらめないで、一緒にがんばりましょう。



中村さん、こういう場を作っていただいてありがとうござます。
私は仙台に住んでいます。うちは無事でしたが、沿岸部の津波被害、悲しいです。家が流された方、家族の安否がまだ分からない方、出荷待ちの米も水に浸かってだめになってしまったり…。塩害のせいで、米の作付けができるようになるまで、何年もかかる地域もあるそうです。
復興には長い時間がかかります。だから私たちも継続的な支援を続ける決意をしなければいけません。まだ、私自身心が落ち着いてなく、ちゃんと伝えたいことがうまく言えないのがもどかしいです。ただ、音楽に救われた私が、今度は誰かを助けないと、と思います。



一日でも早く被災者の方々全員に笑顔が戻りますように。みんなの想いが届きますように。
そして、このような機会をつくってくれた中村くんに心より感謝します。ありがとう。



中村氏の音楽に歌詞に背中を押されて笑顔笑顔を信じることが出来た気がします。その想いを一人でも多くの人に伝えられたら、と思いこちらから義援金を送る事を決めました。想いよ!!



仙台市内陸部在住です。
3月11日は仙台市内にある職場に居ましたが、これまで体験したことのない揺れに地震がおさまってから怖さで身体が震えました。
すぐに帰宅し家族の無事を確認しましたが、家財は滅茶苦茶。電気、水道、ガスもダメになりました。
その日の夜は消防、救急のサイレンがひっきりなしに鳴っている中、懐中電灯の灯りとラジオから流れる情報を頼りに過ごしていました。
ふと、テレビはどうなっているのか気になり、携帯電話の電池を気にしつつ、ワンセグをつけてみました。ラジオの音声ではあまりピンときていませんでしたが、ワンセグで津波、火災の映像を見てはじめて大変な被害になっていることに気づきました。
自分が何度も訪れたことのある見知った街の惨状、たくさんの人が亡くなってしまうかもしれないという不安、その中で自分は何もできない/していないという気持ちから涙が溢れました。
次の日からは食糧、水、ガソリン不足で生まれてはじめてスーパー、給水車、ガソリンスタンドに並ぶという体験をしました。
ただ、このような状況下、皆助け合い、人に感謝することで私のまわりでは普段より笑顔が多かったような気がします。
震災の翌日に自分も被災者のハズなのに、店を開け元気にレジ打ちをしてくれたおばちゃん。
断水中に同じ町内会のおじさんが水を多めに持ってきたので、持って行ってくださいと私に声掛けをしてくれたこと。(私とそのおじさんは全く面識もないし、私は町内会のイベントに一度も参加したこともないのに。)
震災後はこの他にもたくさんの人に支えられて生かされているのを日々実感し感謝しています。
今も余震が頻繁に起き、落ち着かない日が続いておりますが、笑顔で進んでいこうと思います。
どうあれ、笑いはずっと、病気を治すように。



余震以外はいつもと同じ生活が出来ている自分が、「何をしたらいいのだろうか」と自問自答している時に、中村君のメッセージを読みました。 中村君の「少しでも前へ進もう」という気持ちにとても共感し、「自分にできることをする」という当たり前なことに対して少し冷静に受け入れる事が出来るようになりました。 ありがとうございます。
「威風堂々」の歌詞で、
ぼくらがさ
雨にも負けて風にも負ける
でも晴れた日には進める生き物ならば
そう、ねえ 新しい地へ
そう、ねえ 歩けるから
私はこの曲に絶望の「望」を貰いました。



被災された方々に、一日も早く、幸せな日々が戻ってきますように。



連日の震災ニュースを前に、魂が抜けたような気分になっておりましたが、「魂の本」を拝読し、息を吹き返した気がいたします。
中村くんの楽曲に出会ってもう10年以上経ちました。ルーツや生活環境が違っても、自分と同じような、似たような感性や価値観、物の見方をする人がこの世のどこかに存在するのだなあ、と思いました。
宇宙にたった一人ぽっかり吐き出された孤独からすくい上げられたような気がしました。私は中村くんの楽曲に救われました。音楽によって救われた人が、音楽によって誰かを救うことは可能なのだなあと。
残念ながら私は楽器音痴だし、人前で歌を歌うことも苦手な人間。私が音楽で誰かを救うことは難しいでしょう。しかし別の形で誰かを救うことが出来たらと思います。このバッチが被災地のどなたを救う小さな形の一つならば、と願ってやみません。



あきらめないで、一緒にがんばりましょう。



毎日毎日、自分なりにすごく考えてました。
時が経つにつれて周りも通常通りの生活になっています。
私は東京の端っこでカフェをやっていますが、正直、コーヒーのんでゆっくりしてくださいなんてどうなんだろうという気持ちで葛藤してました。
でもある日、お客様に気付かされました。
今だからこそ、ほっとひと息つける場所が必要なんだと。
それが唯一、私に出来ることだと。
ボランティアや募金活動は私の器じゃできません。
大きいことはできないけど、小さくても誰かの役に立つこと、それが大事だと思いました。
そして、これから先も向き合って考えること。
何年も何年も。
私が出来ないこと、ずっと聴き続けてきた中村さんに託します。
そしてすべての人に愛が注ぎますように祈ります。
このプロジェクトに感謝いたします。



今回、パッチを購入して義援金に役立てていただけることがうれしいです。一つは自分用、ふたつ目はファンの友達用、三つめは興味を持ってもらった誰かに渡す用として購入します。もしかしたら60代の父の持ち物にこっそり付けるかも…。
小さな積み重ね、一人ひとりの願いが大きな力になることを信じています。



このような機会を作ってくれて、ありがとう!



ひとつ、ひとつ、それが大きな力になる。



被災地の早い復興を願っています。
そして自分のできることを見つけていきたいと思います。



私は西日本に住んでいて普段通りの毎日を送れています。
最近、この状況が嘘のような錯覚を起こします。
もう2011年3月11日より前の日本とまったく同じには戻れないと思います。
むしろ戻ってはいけないのかもしれない。
ちょうどベスト盤が出ることを知ったあたりから中村くんの昔の曲を聴くようになっていました。
震災後もずっと聴いてたのだけど、自分にとって向けられたように感じて聴いてた曲たちが、今の状況、今の日本に向けられたように聴こえてくるから不思議です。
もっと広義な。
音楽の力がどれだけすごいのかは自分の身を持って知っています。
「普通の生活」を堪能し、とことん生きようと思います。
中村くん、これからもまっすぐな音楽を私たちに届けてくださいね。



何か少しでもお役に立てればと思い、参加しました。



この活動を知って、だから私は中村くんの音楽が好きなんだなぁって、わかった気がしました。
同じように、マサムネさんの病を知って、だからマサムネさんはあんなに優しい歌詞を書けるんだなぁって。なんだか益々好きになってしまいました。
音楽の力を信じてます。
私にできて、したいこと。
これからも考えて、そして行動していきたいと思います。



できること、したいこと をもっと行動に移していき、ます。



小さな力ですが少しでも日々の助けになれたら。
音楽が響く日々が来ることを私も信じます。
願います。祈ります。



普段、人と接する事が非常に苦手なのですが、何気ない生活感がある町を歩くのはとても好きです。
自分がそこに入り込んでいなくても、その町でつつがなく暮らしている人たちの幸せがあると感じられるからです。
今回被害にあわれた方たちの幸せが早く戻る様に願っています。



義援金詐欺など悲しくなっちゃう報道を耳にしましたが、ここなら、安心して寄付ができます。
中村君よろしくお願い致します。



微力ながら購入させていただきます。絶望の望を信じてます 。



ずっと何も考えられず、やっと今日、更新!と、思い出してサイトを開いたら……支援の輪が出来ていて嬉しくなりました。
私は原発30キロ圏内で屋内退避を続けています。地震後、家の被害が小さかったからと近くの中学校で配食などのボランティアをしていました。しかし、屋内退避発令で避難所の方々は県外に移動され、手伝える事もなくなりました。(屋外捜索に女子は加われません) そして危険地域として物資も入らなくなり、ここに留まる意味を見い出せずにもどかしい日々を過ごしています。
でも、今、募金ができて幸せです。 地震の時から頭の中で「生きている」と歌っています。こんな力になる唄ってありません!新聞も郵便も届かない地区ですが、バッチを手にする時を楽しみにしています。あ、強欲で申し訳ありませんが4つほどいただきたいです。被災した仙台の友達に再会できた時に渡したいので。できれば友達と中村くんのライブで再会したいです。
まだまだ言いたい事もうまく伝えられませんが、とにかく唄をありがとうございます。



阪神大震災のとき、わたしは子供で、被災地の真っただ中にいたにもかかわらず、何の不安も絶望もなく生きていたように思います。
あのときのわたしは多くの大人に守られていたのだと、16年たった今、ようやく思い知りました。
このバッジが被災地で暮らす子供たちのささやかな助けとなりますように。



想像することをやめない。想うことをやめない。考えることをやめない。他人ごとにしない。 現実を生きる。理想を掲げる。  私はあまりにも何も知らなすぎる。 これから先、街が生まれ変わる年月を、共に生きれたら、と思う。じゃー、何をする?   早く日本中の人が安心して朝を迎えられるようになりますように。



ほんの僅かでも必要な方に届けばいいなと思います。



音楽で世界は変わらなくても、人の世界観は変えられます。
時期が来た時に、中村君の歌声、中村君の音楽が被災地の方々の心に届きますよう、光を失わないよう心より祈っております。



会社のPCを使って注文しています(笑)。私は32歳の老人デイサービスセンターの職員で、センターが今週の月曜日までライフラインが寸断された近所の団地を中心にした方々の避難所になっていました。普段30名前後の利用者が利用している中で、ピークで200人以上の人が避難していました。
普段はやることのない夜勤をすることもあり、心身共に滅入った時期もありました。でも、避難している方々からの「ありがとう」という言葉と笑顔、そしてロックを中心とした音楽を聴くことで今日まで元気でいることができました。幸い近所のライフラインも復旧し、来週の月曜からデイサービスを再開できるようになりました。
中村一義さんは“犬と猫”の頃から好きでしたが、本格的に聴くようになったのは「OZ」をリリースしたしばらく後に“キャノンボール”を聴いてからです(ややこしくてスイマセン)。最初は「いい曲だな」というだけだったのですが、いつの日にか無意識にこの曲だけ集中して聴いている自分がいました。それ以降、犬猫含め他の曲も聴くようになり、ライブにも足を運ぶようになりました(2006年の大晦日のカウントダウンジャパン最高でした)。
福島は原発や放射能に怯え、モノがなかなか来ないことに苛立ちや不安でいっぱいです。このプロジェクトに参加することでこの状況を打破する手助けを微力ながらしたいと思います。
PS.一義さんへ。状況が良くなったら、東北にライブに来て下さい。



皆さまに少しでも早く、心からの笑顔があふれますように。



個人的なことで自分の気持ちが下がり気味だった時期に、この震災が起こりました。
親族や近親者に被害はなかったのですが、twitterのフォロワーさんに何人かつらい生活を強いられている方がいます。
楽しみにしていたいろいろなイベントが中止になりました。当たり前、仕方のないことです。でもそれを悔しく、残念に思うのも当然のこと。だけどそれをつぶやいたら、もっとつらい思いをしている被災地の方に申し訳ない。毎日繰り返される不穏なニュースにかき乱されるこの気持ちを持っていく場所がなくなってしまい、わたしは正直な気持ちを表に出すことがとても怖くなってしまいました。
節電、自粛、どれも正しく、仕方がないことだとは思います。しかし震災前から下がり気味だった私の気持ちは、今回のことでさらにダメージを受けて、もう何に希望を見出せばいいのかわからなくなってしまいました。
実際被害を受けていなくても、私のような心の被災者はたくさんいると思います。今回中村くんがこのプロジェクトを立ち上げてくれたことで、私の中の無力感が少し軽くなったような気がします。一刻も早く、笑顔で中村くんの音楽をたくさんの人と聴ける機会が訪れることを祈って。



何か、したかった。ただの自己満足かもしれないけれど。この思いが、無力でないことを信じます。 (木村亜矢さん)



未だに見つからない沢山の方々。おさまる気配のない度重なる余震。
人災とも言われている原発事故。それによる数々の影響。
あの地震が起こってから2週間が経過しましたが、現状はまだ厳しいままです。
仙台市内にある生家は32年前にあった大地震以前に建てたボロ家で、今回2回目の震災を経験し、乗り越えた猛者。が、倒壊する危険性があるレベルにまで傷つきました。(玄関のドアが閉まらない、基礎に猛烈なヒビ割等…)
正直、震災直後から寝泊りするのは本当に恐怖でした。避難所に行く選択肢は、犬猫の為に自然消去。
それでも家族全員が無事で、ライフライン寸断の不自由な中にも衣食住があるということは、贅沢だと思いました。
私も一応、被災者なのかもしれません。ですが、私は寝て起きて食べて、笑って怒って泣いて、大好きな音楽を聴けて好きなTVも見れる。
それが許されるのかどうか、そこまで考えてしまうのです。
これは自分の勝手な被害妄想かもしれない。けれど、今回の震災はそれほどにまで多くのものを奪い、多くの試練を与えたんだと思っています。
脆弱な人間ではあるけれど、でも、何かしたい。
本当に力になれるかはわからない。でも、しなければ生きている意味がない。
このプロジェクトを通して、自分がわずかでも力になれたら、それは何よりも嬉しいことです。



愛が、被災者の方々と、全ての人達に、降り注ぎますように



宮城県出身です。実家は内陸部で無事でしたが、沿岸部の甚大な被害に胸が痛いです。
生きて残された人たちはこれから復興への長い道のりが待っています。
地震なんかに、津波なんかに負けないで、必ず立ち直れる事を信じています。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、全員が家族の元に帰れますよう願っています。



被災した岩手の友人に「なにかできることはない?欲しいものがあればナゴヤから送るよ」と伝えたところ、「今も空腹と寒さに耐えている人たちがいる。私は全然大丈夫だから、その人たちをどうか助けてあげて」と言われました。
自分も大変な目に合っているのに、人を思いやれる彼女とトモダチになれたことを誇りに思いました。
私にできて、したいこと。
トモダチの気持ちを精一杯受け取ることだと思います。



こんな時だからこそ、「音楽の力」を信じます。
で、ソウル・トゥ・ソウル、もう、それだけ。で、ソウル・トゥ・ソウル、心、あなたへ。
このプロジェクトに賛同します。
(なお吉さん)



避難している子供達の歌声が、雪の降る中響いたそうです。輪になって口ずさみ、無理に笑顔を作り泣きながら励まし合っていたそうです。
音楽で助けられる人が大勢いると思います。



今、何ができるか・何をすべきか、考えるばかりで動き出せなかった時にこのプロジェクトを知りました。参加させていただきありがとうございます。



今回、人は生かされていると思い知りました。
今、生かされている自分は困っている人の為に少しでも何か役に立ちたい。
そんな気持ちです。



地震から1週間後に結婚式を控えていました。招待客の中には、仙台、福島、青森の方がいました。正直、人の結婚式に出ている場合ではないし、私もこんな状況の中で結婚式をあげてよいのか悩みました。
でも、何とか交通手段を確保してお祝いに来ていただけるという言葉を頂き、本当に嬉しかったのです。
その気持ちに応えるためにも、私は精一杯お祝いされたい、自分が暗い気持ちではだめだ!と思うようになりました。自分や周りの人たちは本当は何を望んでいて、本当に必要なものは何なのか。それを本当に考えました。
周りからの温かい祝福のなかで無事結婚式を挙げることができました。精一杯笑顔で、精一杯楽しんで、全身で感謝しました。本当によかった。
最後、エンドロールには「フラワーロード」を使わせていただきました。
--「希望って何だ?」って訊かれりゃ、今、……。



どの道も笑顔への橋と考えて
微力でも継続して復興にかかわっていこうと家族で決めました
生きて、目の前の笑顔がたくさんの笑顔に辿り着くように



音楽に力はあります。今すぐではなくても被災地にも必ず音楽の力は届くと信じています。まずは義援金、届けて下さい。よろしくお願いします!



自分の住んでいる地域もかなり揺れ、余震も幾度と無く続き、しばらくの間断水していました。
数日間、心、目、耳、体が、妙に緊張して、明日が見えない不安というものを経験しました。
少し落ち着いてから、目を閉じてじっくりと音楽を聴きました。すると、じわーっと心の緊張がほぐれて、ほとんど自然に涙が溢れてきました。
音楽ってこんな力があるんだ、と驚くとともに、こうして音楽が聴ける環境に、心から感謝をしないといけないな、とも思いました。
あの日から、日本国民は被災者とそうでない人に別れてしまいました。現実は残酷なものです。ただ、後者である僕達がすべきことは、自分の生活や環境、支えてくれる周りの人達を愛す以外に無いと思います。
もう一度、笑って会えるように…。
この思いが届きますように。



少しでも支援が行きわたりますように!



今、私に出来る事は、節電・節資源・募金くらいしかありませんが、どんな小さな事でも良いから出来る限りの事は協力して行きたいです。そして、被災に遭われた方々が平穏な暮らしを送る事が出来るまで、助け合いの気持ちを忘れず、支援を続けて行かなければならないと思います。
また、被災地で救護や支援に当たっている方々、原発事故の事態収束に命懸けで戦っている方々には敬意と感謝の気持ちでいっぱいです。一刻も早い安全・安心な生活の確保、復興を心から祈るばかりです。
私は中村くんの音楽に何度も救われました。音楽には「力」があります。その「力」は被災された方々の心に大きな希望の光をもたらすと信じています。音楽で愛と光を届けて下さい。愛と光が全ての人達に降り注ぎますように。
(ゆうさん)



ほんの少しでも、被災者の方への食品などの足しになりますように



テレビでの光景をただただ見て何をしていいのか悶々としていました。
でも被災されたみなさんが頑張ろうとしている姿を見て、遠く離れている私がくよくよしちゃ行けないと思って、微力ながら協力させてください。



小学生の頃阪神淡路大震災にあいました。
私のいる地域は特に大きい被害はなかったのですが、地震の恐怖だけはいまだに感じます。
大人になった今、何も出来ない自分をもどかしく思います。
一日でも早くみなさんが笑顔になりますように



「The Test For Lives」、父、母、弟、自分、そして音楽の素晴らしさを一緒に感じ続けてきた大切な友人。
今回、5人分参加させていただきます。
ようさんようさんの「何か」を与えてくれた、かっさん。
ほんまに微力ですが。参加できて光栄です。



愛すべき 中村一義さん、博愛堂のみなさん、フクちゃん、関係者の皆様が
ご無事のようで安心しました。そして中村さんの音楽を愛するみなさんも
ご無事でしょうか?
また、東北地方太平洋沖地震で被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。

わたしは、夢に向かってエネルギッシュに輝いていた時期に、
阪神・淡路大震災を経験しました。
あの揺れは、いまでも忘れません。
その年に、たまたま震災を経験した単身赴任の方や地元の知り合いは、
「生きている」ことが、どんなに素晴らしいことなのか、そして
人生悔いのないように生きなければならない、ということを痛感した人が多かったです。
わたしは、大震災の年に、東京へ来ました。人生一度ですから、夢をかなえました。

そして、いま。
先日の地震では、まず、阪神・淡路大震災の記憶がパッと甦りました。
首都圏ならではの交通マヒなどにやられて、いつも1時間の道のりを、
5時間かけて恋人の家へ駆け込みました。
関西の両親や友だちは、以前の地震の記憶があるため心配してみんな連絡をくれました。
ありがとう。

しかし、東京にいたわたしはまだいいです、
震源地のみなさんや、まだ被災後に大変な思いをされているみなさん、それから
二次災害で苦しむみなさんや、原発問題で被害にあうだけでなく、
日本を救うために立ち向かってくれている自衛隊や消防局など関わっている方々の
姿を連日報道で見ていて、とても胸が痛いですし、切ない気持ちでいっぱいでいます。
きっと、大震災を経験しているからこそ、なおさら思うのかもしれませんね。

ヤシマ作戦や! なんて言いながら節電したり、すぐさま募金したり、募金を呼びかけたり、
買い占めしないことを心がけたりと、せっせとやっています。
わたし1人では小さな力でも、これをひとりひとりがやって大きな力になれば、
きっと、すごいパワーを発揮するんだと、信じています。

中村一義さんの音楽には、ずーーーっと、救われてきて、
今回、このような形で義援金をつのっていただき、ありがとうございます。
どこに募金しようか迷っている人はこちらを目印に募金されるかもしれないし、
中村さんのような吸引力のある人が、世間に義援金を呼びかけるなどの行動は
大きなパワーにつながることになるので、大変意義のあることだと感じます。

どうか、中村さんの想いが、わたしの想いが、みんなの想いが
東北地方太平洋沖地震によって大変な状況にいる人々を
助けることができますように。

生きている
 
ということを、しあわせだなってみんなが実感できますように。
願っています。
(草枕英里さん)



今回被災された方々に何かしたいと思っていました。その機会を与えてくれてありがとうございます。
やさしい音楽がすべての人々の心に届きますように。



今までチャリティのようなものに参加することになんとなく抵抗感がありました。
自分が奇麗事に染まるような感覚と、自分はそんな立派な人間じゃないし、という理由で・・・。
でも今回中村君の音楽を聴きながらコメントを読んで、特に「生き物としての自分への試練」ということに、自分も向き合いたいなと思いました。
バッジは自分の息子(11歳)、3才くらいのときに「キャノンボール」をよく熱唱していた息子に、今回の趣旨とともに譲ります。
(平岡邦夫さん)



以前、仙台に住んでいたことがあるので今回のことは本当に衝撃的でした。
今、私が居る札幌は震災前とほとんど変わらず平和で、TVから流れてくる映像とのギャップになんだか申し訳なく思ってしまうくらいです。
今はみんな興奮状態にありたくさんの支援や協力が行われています。しかし、被災地が復興にはとてもとても長い時間がかかると思います。
出来るだけ今の気持ちをずっと忘れないように。
長く応援していきたい。
みんな、あんまり頑張りすぎるとすぐ疲れちゃうから、前より少しだけ頑張って、それが普通になっていくくらいがちょうど良いんじゃないかな。



気仙沼出身です。変わってしまった気仙沼を見ました。大好きな気仙沼は戻らないかもしれないけど、ここから新しく生まれ変わる気仙沼を好きになりたい。



宮城県と岩手県に家族がいます。
無事なようですが、いまだに直接声を聞くことは出来ていません。
色々なところで、少しずつ、自分のできる範囲で寄付をしていますが、中村君のところでもこういう機会を作っていただけて、ありがたいです。



何時かまた被災に見舞われた方々にも、音楽が、心に届く日が来る事を願って。



私は震災ではありませんが、数年前に隣家のもらい火で家が全焼しました。
思い出も大切な物も全て焼けました。もちろん中村君のCDも…。
家族が無事だった事と甥っ子が小さい頃からずっと大切にしていた大事な大事なぬいぐるみが焼ける事なく無事だったこと、家族全員で嬉しくて泣きました。
今回の震災で大切なものを失った被災者の皆さんを思うと本当にやり切れません。
ただ、生きていれば、生きている分だけ新しい大切な思い出が作れます。
そのお手伝いができるなら小さい事かもしれないけで私は協力したい。
そして日本中が『笑顔』でいられることを願います。
震災後中村君の歌がどうしても聴きたくて、買うつもりだったベストとコンピCDが延期になったので、CD屋を巡って数作購入して今毎日聴いてます。
中村君の書く詞に沢山希望をもらってます。
一字一句がとても愛おしくて、中村君の音楽が聴ける今がとても幸せです。
また中村君や100sのメンバーの最高の音楽と笑顔が見れる日を楽しみにしています。
私は『雨に泣くより、その先の虹』で泣きたいです。
中村君、これからも沢山の素敵な音楽届けて下さいね!!
(ミサさん )



また、笑えるように!!



被災地から遠く離れた場所に住んでいる私ですら、あの日から大好きな音楽がまともに聴けないでいます。
イヤな夢ばかりみます…。
時間とともに、この痛みも想いも忘れてしまう生き物…。
哀しいけどそのとおりです。
でも、忘れたくない。
今の私にできることを少しでもできたらと思い、このプロジェクトに参加させていただきました。
いつの日か、被災地の方々がまた心からの笑顔を取り戻せる日がくることを信じて…。
私も、自分に出来ることをしっかりと考えていきたいと思います。



日本人の心(チカラ)は強い。負けてたまるか。
(こひゃさん)



私は西日本に居り被害は受けていないけれど、あの日以降、ただただテレビの前から離れられず。普通の日々を過ごすこと、ましてや音楽を聴くなどいけないことのように塞いでしまっていました。中村くんのメッセージを読み、「音楽を聴こう」と思いました。なんの被害も受けていない恵まれた私だけど、100sの音楽に救われました。中村くんの、100sの、そしてこのバッジでつながるみんなの思いが、被災地でがんばっている方々へ届きますように。みんなの涙が個々を越えて、希望となりますように。
(町さん)



中村一義様 被災者の方々の為に立ち上がってくれてありがとう!愛が、全ての人達へ…。スイスより日本の被災者の皆さんの為に祈っています。



PRAY FOR JAPAN



今回このような場を設けて下さった事を大変感謝しています。今自分に何が出来るかをみんな考えてると思います。私はずっとずっと復興を支援することだと思います。
義援金をしたから終わり、節電するから十分て訳でなく、この先ずっと思い続ける事、何かで携わる事、忘れない事、気にかける事、それが私に出来る事だと思います。又、東北地方に限らず、胸を痛めている人達みんなにも同じ想いです。
余談ですが、当日私は会社で仕事をしており、42階建ての27階勤務なのですが、酷い揺れにビルが折れて死ぬんだと思いました。揺れる中必死で非常階段を駆け下り、初めてあんなに死を予測し恐れた事は無かったです。それでもそう、私も生きています。だから私に出来る事を目一杯していきたいと思います。



被災していない私に出来る事は、落ち込まず、変わらない日常を過ごして、きちんと働いて、お給料から義援金を送る事です。
一度に大きな金額は送れないけど、毎月少しづつ送るつもりです。
阪神大震災でさえ、復興に10年以上かかったんですから、今回はもっとかかるでしょう。
長期的に支援していかないと。
好きなアーティストが、こうして動き出した事に心からのエールを!



被災地の皆様が心の底から笑える日がくるよう出来ることは協力していきたいです!!



中村くんなら、何か行動を起こしてくださると信じていました。
ありがとうございます!
個人でも募金・献血を行いましたが、こういったプロジェクトに関わることも、とても大きなことだと思うのです。
被災地にいる100sファンの友だちと彼女の大切な人たち、そしてすべての方へ。
1分1秒でも早い復興を願って。



被災地の方々のことを思うと心が痛みます。
泣き顔も笑顔…。
……辿り着く笑顔。
どうか。どうか、1日でも早く皆様に笑顔が戻りますように。
(渡辺大介さん・絢子さん)



亡くなられた方のご冥福を祈ります。
そして、命在る方々の「希望」が明日に繋がっていく事を願っています。



中村くん、何か動いてくれると思っていました!賛同します!被災された方々、今はまだ一日を生きることで精一杯だと思います。でもきっと、いつかまた生活の中に音楽が寄り添える時がくると、信じています。その日が一日でも早く訪れる為に、自分にできる事をやりたいと思います。そして願いをこめて、バッヂを近くの人に配りたいと思います。私ももちろん、絶望の望を信じます!あ、でも物資輸送の妨げ、燃料消費の問題等あると思うので、後の方の便でかまいませんので!



微力ながら、できること・したいこと、をしていきたいです。



私は、今までこういった義援金を送るようなことはしたことがありませんでした。
やりたいと思っていても、行動には移せませんでした。
でも今回は、東京に住む人間として、様々な光景を目の当たりにして、行動を起こしたいと思いました。
私は、大事なことをたくさん忘れてしまいます。
このバッチをみて、私がこういう気持ちになれたことを忘れないように、『忘れないを忘れない』ように、生きていきたいと思います。
こういった機会を作ってくれて、ありがとうございました。
被災地の復興を心から願っています。
そして、みんなの思いが力となりますように。



被災地の一日も早い復興をお祈りしています。早く皆様が安心して暖かいお布団で眠れますように。おいしいご飯が食べられますように。笑顔が戻って来ますように。
(白猫さん)



いつか東北もハレルヤが歌える時が来る日を祈り、これから違う形でも支援できたらと考えております。



必ずまた、みんなで一緒に笑って、一緒に音楽を愛する日々が来ます。
その日のための力になりますように、微力ですが、想いをカタチに託します。



一人一人のの小さな力が集結して大きな手助けとなりますように!!



こんな企画をしていただきありがとう。
私も歩きだします!



今回の震災を受けて、中村一義氏の歌に支えられています。
ありがとうございます。
一日も早く、避難所にまんべんなく物資が届きますように。
私も、少しでも役に立つように、節電・節約がんばります。



希望のひかりは1人1人の胸の中で灯っている!そのひかりを大きく大きく灯らせて、希望のひかりで道をてらし、未来をてらしていこう!



1日に早く「日常」を取り戻しましょう。
取り戻した「日常」は、きっと失った過去のものよりすばらしいものになってるはずです。
(長坂知則さん)



中村くん、博愛堂の皆様、フクちゃんたち、まずは皆様がご無事で本当にほっとしています。
江戸川区も結構揺れたのではないでしょうか。地震があったことを知ってから、メールが来るまで不安でした。余震もまだ続いているようですね。どうか、お気を付けください。
そして、このような機会をいただいて、ありがとうございます。
私自身、自分に何ができるか考えました。今関西にいる自分は、しばらくしてからの献血と、買いしめをしないことと…。今も考えています。
個人的に募金はしているのですが、こうして中村くんからの呼びかけがあることで、行動に移せる人もたくさんいらっしゃるのではないかな、と感じています。
また、被災地以外の人たちにも向けられている中村くんの想い、本当にあたたかくて、嬉しい。
早く支援の手が届いて、助かった命たちが生きられるように。
音楽を聴けるようになるように。祈っています。



わずかではありますが、何かの役立ててもらえるのなら協力させていただきます。
中村君の様にカッコいい事や何か作品を残せるほどの創造力もありませんが、何かできるわけでもありませんが、今僕にできる事は毎日自分らしく生きることぐらいしかありません。
そんな僕ができる精一杯のことをさせていただきます。



新潟に住んで、日々の日常っていうのが、いかに大事なもの、変えられないものだというのが、改めて感じられました。
出来ることはしていくつもりです。
もともと東北人ですし、4月からまた東北人ですから。
中村君のメッセージも効きました。ありがとう。



僕らにできて、したいこと。
私にもできた。
中村君 ありがとう。



同じ空の下で、もどかしく胸が締め付けられる想い。
何かしなくては…。
できれば音楽の力を乗せて。
みなさんの想いが届きますように…。
音楽がいつもそばにありますように…。



一刻も早く、みなさまの生活が落ち着きを取り戻せますように。



音楽が届きますように…



震災発生後、テレビで見る想像を絶する光景に、ただただ涙するばかりで、何もできない無力さに、悔しくて、苦しくて。
そんな中、中村くんの言葉。呼びかけを目にし、今ここで自分に出来ること。を実行し、ほんの微力でも、被災地の皆様の支えになればと。
そして、私もしっかりと今を生きよう。と思えました。
被災地の皆様に、一日も早く、あたたかい生活が戻りますよう。お祈りいたします。



いいえがおのために。



中村くん、プロジェクト立ち上げてくれてありがとう!
たくさん義援金窓口がありすぎて、どこへ送ろうか…と考えていたら中村くんがプロジェクト立ち上げてくれたおかげで迷いなくこちらに参加させて頂きました。
私は今愛知県在住ですが、実家は埼玉にあり、結婚するまでは東京で働いていましたので首都圏には友達がたくさんいます。
宮城に住む親戚もいますので今回の災害は胸がつぶれる思いでただ言葉なくメディアの報道を見ているだけでした。
未だに宮城の従姉妹は行方不明で、地震直後に一緒に逃げた同僚が彼女が車ごと津波に巻き込まれるのを見たそうです。
同僚はなんとか木につかまり奇跡的に助かったのです。
しかしまだ希望を持っておりますが…。

甚大な被害をもたらした災害ですが、まだまだこれからも被害は続いていくと思います。
今、皆が義援金を送って、被災地に落ち着きが来ようとも、本当の意味で再生するのには長い年月がかかるはずです。
原発がもたらす風評なども今後問題になってくるのではないかと思います。

中村くんが言うように、人は忘れやすいです。
だからやっぱりバッジを手にすることで、この災害を忘れない。今だけじゃなく、この先も東北の被災地を支援する気持ちを忘れないようにしたいと思います。

それに…とても個人的なことですが、自分の抱える闇が大きくなってきてどうしようもなくなってたときにこの震災があり。
被災地で強く生きる方々を見て、もう一度強くなれた自分がいました。
大事な事を教えられたんです。
だからバッジを見るたびに自分の闇とこれからも闘っていける気がするんです。

一人でも多くの被災者の方に、生きてほしい。
そして被災地の方や土地が元気を取り戻したら、その時はそっちへ旅行行って美味しいものたくさん食べるんだ!(笑)

それに…また、ひたちなかの広い空の下で中村くんの音楽…聴きたいです!!

リリースが延期なのは、楽しみに待つ期間が増えたと思ってます(^^)v

中村くんを始め、親族や関係者の方々がご無事で良かったです。
早くたくさんの笑顔が戻りますように。



被災地の皆様へ
一人ではありません。
ともにこの困難を乗り越えていきましょう。
決して希望を捨てないで。
一緒にがんばっていきましょう。



今回の震災で、自分がいかに小さくて臆病なのかが、嫌というほどわかった。
東京にいて地震の影響をそれほど受けていないというのに、パニックに落ち入り、自分のことばかり考えて人のことを考える余裕がなくなっていた。
もし、自分が被災していたら、いま助けあって生きている現地の人達のようにできるのかー
でも、そうじゃいけない。
8日目を迎えた昨日、やっとそう思えてきた。
遅ればせながら自分にできることをやっていきたい。
テレビの取材を受けていた、被災地へ物資を運んでいるトラックのドライバーの人が言っていた。
「何度だって運ぶよ!」
わたしも希望をもってもらえることをする。



今の気持ちは「ハレルヤ」です。
心に沁みます。



絶望の望信じてます。
被災地に笑顔が戻りますように。
絶対に日本は今よりよくなると思ってます。



微力ながら被災地の復興と皆さんの笑顔が少しでも早く戻られますことお祈りしています。
中村くんの音楽を必要としている人はたくさんいると思います。中村くんは中村くんのできることを、私は私にできることを。日々のなかでつつましく誠実に実践していきたいです。
バッジは1つだけお願いします。この決意を忘れないように自分用に。



福島県から親戚が避難してきて、今日、東京へさらに避難していきました。宇都宮も東部がひどい状況、当然被災地なのですが、海岸沿いの方々、原発近辺の方々を思うと、何ができるかずっと悩んでいます。すでに職場でも義援金を取りまとめたところですが、この企画にも当然賛同したいと思います。微力ですが、1分1秒でも早い復興を願っています。



すぐにこういった機会を設けてくださった、かっさんと博愛堂スタッフに感謝します。
一過性ではなく、復興まで継続的に支援できる場が多くあれば、と思っています。



何も被害のなかった京都から、自分に何ができるのかずっと考えていました。
世の中お金がすべてではないけれど、心のこもったお金、想いの詰まったお金は確実に存在します。
届け!と念じながら購入ボタンを押しました。
今後も私にできて、したいことを継続していきたいと思います。
テレビの中の光景を「ただのテレビの中の光景」にしないために。
被災された方達の日々が少しずつでも彩られていくことを願って。
私も絶望の望を信じます。
(竹島多恵子さん)



中村くん、ありがとう。
義援金という名目ではありますが、これは被災していない自分にとっても救いになりました。
10年後、20年後も「自分ができて、したいこと。」を想えますように。
愛を込めて



学生時代、太陽を聞いて私の心が救われたように今回の中村一義さんのこの活動が
被災地の皆さんに届くと信じています。音楽の力はすごいです。
また少しお話がずれますが、音楽繋がりで、
昨日アンパンマンマーチを聞いて涙が溢れてしまいました。
中村一義さんと同じような心に響く歌詞です。



1人の力は微力ですが、それでも何か手助けができればと思います。
せめて私たちは、日常を笑顔で生きよう。
いつものように生活していくことが、笑顔で進んでいくことが、いつか被災者の方たちの力になっていくと 信じています。
(小林寿代さん)



大好きな宮古。今は遠くから見続けることしかできないけど、応援してます。そして、落ち着いたら、またあの街を歩きにいきます。



とにかく無力さに打ちのめされています。
1人でも多くの人に愛が降りそそぎますように...
ただ、祈るばかりです。
関東圏の人間は「福島の原発」ではなく
「僕らの原発」である事を忘れてしまっているように感じます。
ぼくらの生活のために建てた発電所で
多くの人に不安や絶望が訪れています。
その事を心に留めた上で、僕は僕の日常を毅然と生きていこうと思います。
ただ絶望の望を信じて。



ほんの少しですが、被災した方々の力になれればと思います。



続く余震や原発事故の中で、日本はどうなってしまうんだろうとか、自分の生への執着だとか、次の地震への恐怖とか、改めて家族とのつながりだとか思う中で、僕に今できることは無駄な残業をしないなどちょっとした節電程度であり、自分の無力さを感じたりもします。今回中村君のメッセージにいたく感銘を受けました!できることから一歩ずつ前へ進んでいきましょう!



今回の大震災の被災地、仙台在住の者です。
「The Test For Lives」バッヂによる義援金協力を、被災者の側として1ファンとして有難く思います。
僕自身もこの義援金の為のバッヂを購入しました。ぶっちゃけバッヂが欲しいって我欲のほうが強いです(笑)。
 
地震発生時、仙台市にある会社ビルの4Fにおり、文字通り前代未聞の大地震を体験しました。
フロア内に女性も多く泣き叫ぶ声、慌てて外に出ようとする人、「こりゃあマズい…。」と思いつつ「落ち着いて!」と叫んでいたオレ、などなど。
交通機関も完全に麻痺したので家族に連絡を取りつつ一晩を会社で過ごし、翌朝家に戻りました。
ライフラインが完全に止まり(自宅内3/16現在はガスのみ停止)、部屋は散乱としていましたが、帰宅途中無事を祈っていたテレビ・PC・PSPは全部無事でした。
明日から(3/17〜)仕事も再開するわけですが、今も市内・県内外、多くの被災地で多くの救助=希望を待っています。
無くなった多くの生命、安否も不明な被災者、何十回と流れる津波の映像、福島の原発、ガソリン不足とGSに並ぶ長蛇の車の列、twitterによる毎秒ごとのつぶやき…たった2分弱の大揺れで世界がひっくり返ったんですね。

被災した日の夜、会社近くにある友人のカフェに行きいろいろ話していました。煙草が吸いたくなり外に出るとびっくりしました。まるでプラネタリウムのような星空☆
停電で街の光が全部消えていたからですが、横にいた友達に「これは忘れられないな!」と言っていました。
悔しくて情けなくて悲しくて泣いている人達がたくさんいる中で不謹慎かとも一瞬思いましたが、これはこれでいいんだと思います。
 
地震の影響を受けていない地域の人達にはそれぞれの生活でそれぞれの苦労や感動をそのまんま感じていてほしいし、仕事や勉強にも集中してほしい。怪我をしても人の体に治癒能力が働くように、ほっといても僕らも必死で直りたい・戻りたいって動くワケです。プラスして国どころか世界も助けてくれています。これって、一人の体、一つの生命に似ている…いや、そのものって感じもします。
命の尊さを語るほど、僕は人間出来ちゃいません。ただ、単純に、中村さん達が僕らの為に動いているのはうれしい、って事です。
そのうれしさのまま、グダグダな長文になってしまいましたが、ここまで読んでいてくれていれば恩の字です。
最後に、今後の中村さん達らしい活動を更に期待しつつ、シメとさせていただきます。
 
(フクさん)



誰も 儚い存在として
状況を 最大限に 生きる
時間の中で 出会い 愛するために
"中村一義"の歌(また"宮沢賢治"の詩)
に励まされて生きてきた僕も
被災者の方々を支える力となれるのなら
今こそ与えられた"博愛"を生きるとき
僕(や僕の家族)を支えてくれた全てへの感謝を込めて
このプロジェクトに参加させていただきます
(二ツ神祐司さん・奈々江さん・はるとさん)



このみんなの気持ちがひとつになって、今苦しい思いをしている人たちが笑顔で暮らせる日が来ますように。



私は、今回の地震で大きな被害をうけた、福島県いわき市出身です。
今は関東に一人暮らしで、毎日ニュースを見る度、悲しさと不安で押しつぶされそうになります。
家族や友人に会いたくても会いに行けない、ここにいる自分の無力さと悔しさで心が張り裂けそうです。
何もしないわけにはいかない、何もできないわけじゃない。
そう信じて、今できる事をどんなに小さくともやろうと決めました。
このKIKA:GAKUもそのひとつです。
本当に、そうなんです。被災地の人たちが、本当に今すぐ必要なのは、救援物資と義援金なんです。
音楽に耳を傾ける余裕など、きっとないのです。
ですが、生きている限り、人間である限り、またいつか音楽を聴くことができます。
そのいつかのための、このひとつのアクションを、私は一生忘れません。
中村さん、本当に本当にありがとう。



今、自分ができること、したいこと、
一義くんのおかげで少しはできる気がします。
動いてくれて本当にありがとう!
被災者の方々も、
私たちも、
また一緒に一義くんの歌に心が震える瞬間が
必ず来ることを祈ります。
(未帆さん)



「こんなことしかできないけど」そう考えるのをやめようと思いました。自分の力が微力なのは重々承知、それでも届けるなら気持ちを前向きに持って届けたほうがきっと良い。中村さんをはじめ、この現状をどうにかしようと必死に行動を起こしている方々の姿を見てそう考えるようになりました。生命ってとても素晴らしいですね。



地震当日は家族と自宅にいましたが、大きな揺れを感じ子供を連れ外に出るのが精一杯でした。
ニュースで被害の大きさを知り、津波の恐ろしさ、そして命の大切さを改めて感じました。
いま自分に出来ることを出来る限りやってゆきたいです。



被災した人たちに音楽を届けてほしい。
大好きな曲をリクエストしてもらって。
それどころじゃないかもしれないけど、
僕が「魂の本」を心待ちにするように、
大好きな曲が流れる時を、少し先の未来を、想像し、
望みが叶う時を、待っていてほしい。
そうやって、希望を持ち続けてほしい。
絶望の"望"を信じて。



今、私にできる事をずっと考えています。これだけしかできないのか、もっとできないのか…。今、私はここにいて、今までと何の代わりも無く生きています。 もっとできるはず…、そう考えるだけで、実際は節電、節水、募金くらいしかできなくて…。
被災された皆さんのことを思うと、胸が痛み、涙が出ます。
けれども私たちが泣いていても仕方ないですね。
中越地震で被災された中学生の子が、ラジオから流れてきた音楽に癒された、というメッセージをテレビから知りました。
音楽のチカラ。信じています。
届いてほしいです。
暖かくなる頃には皆の笑顔がみれますように…。
ずっと祈っています。



想いが繋がって届きますように。



毎日報道される被災地の状況を見て、何をしていてもそのことが頭からはなれず、何もできない自分にもどかしく歯がゆい気持ちでいっぱいです。
せめて今自分にできることをすること、自分の持ち場で普段どおりがんばること、そして希望を持つこと…。
そんな気持ちで、あの日から過ごしています。
一人でも多くの命が助かり、被災地のみなさんに笑顔が戻ることを願ってます。
今までつらいときに中村くんの音楽に、何度も何度も救われました。
私は音楽の力を信じています。
被災地の人々にもそれぞれの希望となる音楽が届きますように。



微力ですが1日も早い復興を一緒に祈っていきます。



普通に笑って過ごせる日々が再び訪れることを信じています。



いつになってもいい、
本当に必要とされる事を出来る範囲でしよう。
そう思ってます。
まずひとつ。



小さなことしかできなくても、皆がすればそれなりのことになります。



心ばかりですが、寄附をお届け下さい。バッチは一ついただければと思います。こちらは被災とは遠い地ですが、気がつけば音楽に触れていません。昼は働いて、夜はテレビやネットをただただ見ています。災難に遭われた方は、食事や暖を採るのもままならない中、人の温かさや怖さに触れられる日々になるのかもしれません。
早く物が集まれば、早く不安が取り除かれるかと思います。この場に限らずできる範囲を行いたいです。



これからの日本や、地球に対してなに自分は何を想い、どう生きるかを考えていきたいと思います。
そして一日も早く、被害地の状況が良くなります様心より願って、また自分が出来ることをしていきたいと思います。



子供たちのことが心配です。
悲しくて辛い経験を乗り越えて、これからの毎日を強く生きていけますように…。私はその手助けがしたいです。



被災地に一日も早く笑顔が戻りますように…。



中村一義さんのことが大好きだし、被災地の方への募金をどこへ募金しようか迷っていたので一義さんのチャリティーバッチの購入を決めました!自分のできることは少ないですが3月以降の払い戻しになったライヴチケット代は全額募金したいと思います。 
(五十嵐由貴さん)



ささやかながら、協力させていただきます。
全ては良い笑顔のために。



みんなで頑張りましょう!



祈り、光。The Test For Livesの言葉が今は苦しく聴こえます。でもきっと必ず幸せに響く時が来ることを祈るしかありません。たくさんの光がそこへ集まりますように。



自分の心が弱ったときには必ず「太陽」を聴きます。私も絶望の“望”を信じます。
口蹄疫や新燃岳で支援いただいた宮崎県民として今度は少しでも力になれればと思っています。



中村くんの音楽を通して知り合った仲間がいる仙台や盛岡、
ツアーがアツかった仙台、フェスが思い出深すぎるひたちなか、
被災地域には、気持ちの置きどころがたくさんあります。
今、不安な夜でも音楽が私の気持ちを支えてくれるから、
今度は私自身が、少しでも誰かを支えたいです。
(kaoriさん)



私は九州に住んでいます。地震も計画停電もなく、あの日以降も表面上は変わらない日常を送っています。でも私も私の周りの人たちも、何か自分にもできることをあれからいつも探しています。気持ちは東日本の方々と同じつもりです。東北、がんばれ!日本、がんばれ!人間、がんばれ!中村くん、このような機会を作ってくれたこと、心から感謝します。私は中村くんファン歴はまだ浅いですが、中村くんの音楽と出会って本当によかったと思いました。ありがとう。
(野村亜矢子さん)



応援してます!
自分に出来ること、やります!



中村さんがこの決断をなさるまでには、大変な葛藤があったんだろうなと思います。
ほんとうにありがとうございます。
僕も、とても微力だけど、1人の日本人として、被災地のみなさんにささげる力の1つになりたいです。



茨城で親戚が多数被災しました。皆無事でしたが、茨城の状況もライフラインが寸断されてるのに救援物資などが届かずといったひどいものらしいので心配です。どうか少しでも助けになりますように。



『僕らにできて、したいこと。』



バッジを身につけることで継続的に支援するという意識を持てると思いました。今は義援金や節電という形でしか協力はできませんが、これから先、自分に何ができるか考えていきます。私たちが元気を失くしてどうする!頑張ろう!!
(神尾和歌子さん)



どこに募金しようか悩んでいた自分にとって最高の企画。乗っからせていただきます!



少しでも被災地へのお役に立てれば幸いです。一生懸命生きましょう。
(なおちさん)



みんなを待つ誰かや、みんなが待つ誰かも…、
出会えるといいな。
列車は走るんだ。
被災した皆さん、負けないで。
僕も精一杯生きます。
(吉田祐一さん)



少しでも力になればと思います!



活動応援しています。「僕は手掲げて、想い達するまで。」



被災地に少しでも早く平穏な日々が戻りますように。心から音楽を楽しめるような日々が戻りますように。(このような機会を設けていただき感謝しています)



被災された方々のために少しでも役に立てればと思い、この企画に賛同させていただきます。
苦しい状況の中、復興に向けて前を向いて進んでいる方々の姿を見て、逆に僕は勇気をもらっています。
1日でも早く、共に笑顔で音楽を聴けますように。



今回の大変な出来事にあわれたたくさんの方々
この出来事に心を痛めている世界中の方々
すべての人々の心が重く沈み 涙を流す日々で
音楽を聴こうという普段の考えなどは頭に浮かぶこともありませんでした
その中で 震災地より遥か離れた土地に居る自分にでもできることを継続してやっていこうと
必要と思われる情報をつぶやいたり拡散したりすこしずつ募金したりしています
普段中村さんの音楽を好んで聴いていますがこのサイトに立ち寄ったことは無かったのです
しかしやはりここでも音楽の力がこの支援の輪に引き寄せてくれたことに音と人との繋がりを感じずにはいられません
いつでもわたしは音楽に救われ勇気付けられ楽しませてもらってきたのです そして希望の光がさす音楽が好きなのです
音楽のパワーを形に変えて 一日でも早く暖かく みなさんが安心して眠れる日々が訪れることをいつも祈っています



明日が見えなくても
本当に困難な現状でも
今私に出来ることは微々たること。
それでも毎日考えます。
今出来ない事も明日には出来るかもしれないから。
どうか負けないで!!



自分にできることはなんだろう、と
ずっとずっと考え続けていました。
微力ながら、この活動に参加させていただきたいと思います。
一日もはやく、みんなが安心して
笑って暮らせる日々が戻ってきますように。



この活動に感動しました!もちろん協力します!



今回の地震で、今まで自分がどれだけ不自由無く幸せな生活ができていたのか、思い知りました。
被害の少ない埼玉・東京で生活している私でさえ命の危険を感じているのだから、被災地の方達はなおさら、比べものにならないくらい不安な日々を今こうしている間にも過ごしていると思うと、どう言葉にしたらいいのか分かりません。
ちっぽけな私でも、ほんの少しでも誰かの役に立てるのであれば…。
1日でも早く、みんなのもとに笑顔が戻ることを願います。
そして、義援金を送る機会を私たちに与えてくれたKIKA:GAKUの皆様に感謝いたします。ありがとうございます!!
(石田晴美さん)



より多くの、中村くんを、中村くんの音楽を、中村くんを支える人々や動物達を愛していて、今回の災害による被害に心を痛めている人達が、バッジを手にしてくれることを願います。
つい先日、「中村語録」を読んで人と人が出会い寄り添うようになることがどれだけ奇跡的で素晴らしいことかを実感したばかりだったので、この度の地震と津波で大切な人やペットを失った人達がどれだけいるのか…と想像しただけで哀しくなります。
私が住んでいる地域は幸い直接的な被害には遭わず、東北や関東に住む知人達も無事だったのですが、ずっとTVやネットで流れる報道を見ていると、無力感から気持が沈むこともありました。
そんな気持が和らぐのは、通勤中に好きな音楽を聞いている時でした。
ああ、音楽は本当に人を助ける力があるんだなあと改めて感じました。
こんな時にこそ「最高宝」がリリースされていたら良かったのに…と思う気持はありますが、中村くんの言う通り、今音楽を聞くことはおろか生きることもままならない人達がたくさんいます。
微々たるものでも、今回被災された方々が生きる手助けになればと思います。



被災に遭われた方へ 這い上がりましょう、未来が待っている。被災から免れた僕ら できることはお金と言葉を送ることだ、未来は僕らが創るんだ
(原周平さん)



私も中村君のメッセージにある通り、お金が全てだとは思いませんが、今回はまずは義捐金という形が最善の協力方法だと思っていました。
実際にどこの団体に義捐金を送ろうかと考えていましたが、実は、中村くんの呼びかけがあれば喜んで賛同したいと思ってましたので、今回の呼びかけはすごく嬉しかったです。
中村くん、きっかけを作って下さってありがとうございました。
改めて、中村くんの音楽に出会えたことを幸せに感じました。
(上野聡子さん)



人間万事塞翁が馬…ですが、今はみんなが同じ想いで同じ方向を向いて行動し最良の結果を少しでも目指してほしい。



中村君きっかけをありがとうございます。これからも自分にできることを考えていきたい。被災地の皆さんが1日でも早く暖かい落ち着いた生活が送れますよう願います。



苦しんでいる方々へ、少しでも力になれればと思います。



このバッジが届くのはいつになるかわかりません。届くのを待ちながら岩手の盛岡市で被災者の方のケアを頑張りたいです。



僕は「阪神」の経験者ですが、あの日破壊された街の姿、それがその後10年近くかけて再生していく様を見ました。「時間はかかっても復興の灯り」が被災地に灯るようにという想いを込め、自分にできることは小さいですがこの活動に賛同します。



岩手に住んでいます。毎日不安な日々です。訳もなく泣いてばかりいましたが、中村さんの音楽に救われています。生きている実感がわいてきます。ありがとう、私は生きています。



被災地の復興、そして安心して眠れる日々が、一日も早く戻ってくることを願っています。



わたしは福島県生まれです。親戚や友人が東北に多く住んでいるので、今回のことに関しては、非常に心を痛めています。わたしは、わたしに出来ることを精一杯やって、被災された方々を支えることが出来たらと思っています。こうして、大好きなアーティストが支援に動き出してくれたことは、ホントに嬉しいです。



今回の大地震で、私が暮らす街は何も倒れませんでした。誰も亡くなりませんでした。めまいと勘違いするような震度で、私は帰宅してからテレビを見て衝撃を受けました。雲を辿れば、繋がっているはずなのに、同じ国で、同じ地で、こんなにも違う状況に置かれていることに、初めは複雑な思いを抱きました。しかし今は、どうすればいいかを考えて、少しずつ試している所です。被災地じゃない場所で暮らす私にできること、私がしたいこと。それは、手を挙げて何かをしようとしている人に協力することです。私一人が手を挙げて何かしようとしても、無力です。でも、こんな時に大きな影響を与えるのは、中村さんのような、人前に出て、何かを伝える人たちの力だと思います。微力ではありますが、私もそれに加わりたいです。私も、絶望の望を信じます。
(赤島八生さん)



今日の次に来る明日があたりまえな日々を取り戻す助けになりますように。
(稲内麻由美さん)



地震の時、初めて体験するあまりの揺れに震えが止まりませんでした。私の街も被害に遭い、今なお断水中です。度々襲う余震の中、寒くて真っ暗な部屋で一人、i-podで大好きな音楽を聴きました。少し安心して、張り詰めていた心がジワジワと解きほぐされていくのが分かりました。こうしている今もまだ被災地で苛酷な現実に立ち向かっている方々を思うと…音楽に出来ない事は多いかもしれない。でも…音楽にしか出来ない事もある。そう信じています。一日も早く、全ての人々に笑顔が戻りますように。



東北、関東の皆様に、そして地球上のすべてに
温かい幸せが訪れますように。



愛がすべての人たちに降り注ぎますように!!
(関口康子さん)



自分に出来ることを探していたらこのチャリティーバッジを見つけました。いま被災地に一番早く届く物は食べ物でも水でも毛布でもなく、お金です。この義援金が早く被災地に届きますように。延期になった中村さんのベスト盤も、早く発売されることを楽しみにしています。
(秋山祐太さん)



被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。家族4人分の気持ちを込めて申し込みます。バッジはこどもたち用に2個だけ送ってください。
一義君、機会を作ってくれてありがとう。
(中井直さん)



大好きな東北の町と人々に、一日も早く日常が戻るよう、非力ながら強く願っています。



★1分1秒でも早く、
みんなの町,心,顔に笑顔が戻りますよう・・★彡
㊩(●´∀`●)のあ子。



たった一個のバッチが何もできない私の誇りになります。生き残った事が希望になるように、みんなでがんばりましょう。



被災地の方々が少しでも早く安心を感じることができますように。



ひとりでも多く無事でいて欲しいです。
(Anchorさん)



はやく、みんなが、みんなの大事な人と再会できますように。被災しなかった人は、大事な人と過ごせることを、幸せに大事に思って。少しでも助けになりますように。



まずは、自分の日常をしっかり生きて、
そして自分にできることから少しづつ、
行動しようと思ってます。



何か少しでもできることがしたいと考えている時に、KIKA:GAKUで義援金受付を知りました。
絶望の「望」を信じています。
少しでも、行く先を照らす、
光の一部になりたいと思います。
(栗村真梨さん)



KIKA:GAKUとしての思い、中村くんの思い、確かに受けとりました。ぼくもできることをさせてもらいます。



じぶんにできることをやった!ナイスチャリティーバッチ!



「笑顔」をラジオにリクエストしまくりです。



数年前の100sのツアー@仙台はどこよりも熱かったことを覚えています。またみんなで心の底から音楽を楽しめる日々が訪れますように。



どんな言葉をかけても被災者の方々の心が晴れることはまだ無いかもしれません、しかし助けたい生きていてほしいと思っている人達は沢山います。小さな光でもあなたの心にさしますように…祈り、支援していきます!生きててほしい!
(飯島育美さん)



ホントに少しだけですが、届いてくれたら幸です。自分が何をしたら良いのか分からないもどかしさがありました。この場をくれた一義くんに感謝します、ありがとう。



バッジがなくても賛同してた、間違いなく。
運良く難を逃れたが無力に等しい僕らにできる事は、
今の苦難や危機をしのぐ事ができるように、
難を越えこの先立ち上がる事ができるように、
そして「歌」が心に響くようになるまで、
ただひたすらに支え続けるしかないように感じる。
だから支える、今も、この先も。
バッジは、オイラの希望、娘と息子の分だけいただきます。
(江口浩壽さん)



たった一つの力では暗闇に立ち向かえないかもしれませんが、一つ一つが集まって点が線になり大きな力が生まれると信じています。支援の輪が確かな道を作り、どうかたくさんの笑顔が咲きますようお祈り申し上げます。



どこに募金するか迷っていました。今回、義援金受付を知り、中村さんを通じて参加できるのなら、と申し込みました。地震の範囲が拡大しています。友人宅も被害を被りました。明日は我が身かもしれません。一刻も早く救援物資が届きますように。
(木村エミさん)



愛が、全ての人達へ…。心よりお祈りしています。



生きよう。



これを毎日みて、いち日を大切にいきてゆきたいです



まずは、被災者の皆様へ心よりお見舞い
申し上げますと同時に、亡くなられた方々の
ご冥福をお祈り申し上げます。
被災地の方々の現状を見て、なにか力になりたい
という想いが日々募っています。
ひとりひとりのこの想いが、
被災者の皆様にとって
大きな力となりますように…。
(山田由衣子さん)



自分になにができるのかわかりませんが
バッジを購入することからはじめます。
(青木律典さん)



テレビに映る状況を見ているだけでこんなに胸が苦しく痛むのに、テレビの向こうの方々の痛みはどれほどのものか…被災地のみなさまにあたたかでやわらかな日々が一日もはやく戻りますように。



自分は今失職中です。都会の孤独と震災現場の孤独は違うと思いますが、共にがんばりましょう。



私事ですが16年前の阪神淡路大震災で家を失いました。メディアで流れてくる悲惨な状況を目に耳にするのは辛い。でも辛いだけじゃいけないと。被災していないワタシに出来るのは、毎日をいつも通り生きること。音楽聴いて、お酒飲んで、仕事して。決してそれは悪いことでも不謹慎でもない。今の状況の中、普通に生きることはとても難しいことだけれど、精一杯生きよう。まずは自分の出来ることからすればいい。
(まりもさん)



テレビを見ていて、どうしようもなく落ち込んでいます。生きていてほしいです。遠い土地から祈っています。僕も、出来うるかぎり頑張ります。



ささやかですが、どうか、よろしくお願いします



被災地にたいせつな人たちがいます。中村くんの歌をずっと聞いてきました。手をあげてくれたこと、うれしく思います。ありがとう。



想像を絶する状況にある方々のもとへ、またいつでも音楽を聴ける日常が1日でも早く帰ってきますように。
(白畑桂さん)



被災地の方々は今はきっと、目の前に広がる悲惨な光景や衣食住の不安などでいっぱいのことと思います。ですが、日本だけではない、たくさん人たちが被災地の方々のことを思い、一緒に悲しみ、心を寄せ、そして何ができるかを考え、少しずつ行動を起こしています。
私が以前、これまでの人生の中で(たいした年月ではないですが…)どん底にいた時に母から言われた、「5年後はきっと(良い方向に)変わっているよ」という一言に、それまでは下しか見えず、目先のことしか考えられなかった私が、未来を考えられるように、希望を持てるようになれた一言でした…。
そう、誰にでも未来があって、それはきっと希望をもてば必ず前に進めるのだとわたしは信じています。



ほんの少しでも力になれれば…!!!!!!



何よりも心配なのは家族を亡くされた方と、家族の行方が分からない方。どんなにつらいでしょう、どんなに心配でしょう。
阪神大震災のとき、愛する人の安否を求めて、現地に駆け付けた。でも今、水没した町、危険な場所に、入ることさえ許されずに、いてもたってもいられない気持ちでいらっしゃる方がきっと多くいます。
一人でも多くの方が、どこかで無事に避難していますように。再会できますように。
そして家族を失った方の悲しみが、少しでも癒されますように。
心から願います。
(辻真理子さん)



ただ僕等は、絶望の「望」を信じる。



阪神・淡路大震災の時、音楽は私の支えになりました。今回もきっと…。
今できることはこれくらいしかありませんが、もう一度、全てに音楽が降り注ぐことを願って。
(谷本裕美さん)



私も、絶望の『望』を信じます。



その日私は幼稚園、小学校から帰って来る子供たちを待っていました。揺れる、歪む…死ぬかと思いました。その中でただただ『子供達が無事でありますように』と願いました。揺れが終わっても余震は続き、いつもの下校時間より1時間遅く息子が帰宅しました。防災ずきんを被った息子は私に会った瞬間『怖かった』と言って泣き出し、私も息子が無事だった事に安堵し号泣しました。幼稚園バスが動かず娘には会えていなかったので、私と息子は涙を堪えて自転車に乗って娘を迎えに行きました。娘は先生や他学年の子供達と座って私を待っていました。先生に呼ばれて歩いて来る娘は、今を受け入れようと必死で頑張っている顔でした。その姿を見て先生達の前で号泣してしまいました。小さな体で今を一生懸命受け止めようとしている2人の子供の姿を見て、今、ここにいる奇跡を想いました。計画停電初日、真っ暗な中、子供と一緒に中村君を聴きました。子供と私と一緒に唄いました。そのとき、ずきずきしていた心が解放されたのを私は見ました。絶望の望を信じること、そしてそれは希望へ繋がる虹になること、子供たちには伝えていきます。息子にバッジのことを話すと『俺も!俺も募金したい!』と言いました。被災地の皆様に笑顔が溢れますように。今よりずっとずっとその先のみんなに、未来に繋がりますように。
(飯田和美さん)



被災された方々が一日も早く安心した日々を過ごせますように祈ってます。



できることは少ないけれど、できることがあるからやる。それでもできることの小ささにめげそうになる。
中村くんがこうやって旗を振ってくれたのが嬉しい。勇気になる。ありがとう。
(tommymackyさん)



ささやかですが中村君の想い、みんなの想いが届きますように。



できることをやりつづけること。
みんなで。



少しでも少しでも。
気持ちをかたちに。
届きますように。
太陽が出ますように。



連日の報道…なぜ不安をあおる映像や数字ばかりなのか。そればかり伝えるならば、助かった人の数や、避難所、生きる希望を伝える数字を報道してあげて欲しいと切に願います。
無力を実感した私に出来る事は、祈りと募金をする事くらいしか今は思いつきませんが、この小さな想いが少しでも被災地のみなさまへ届きますように…。



毎日のニュースに胸が痛みます。
被災された方々に1日でも早く
平穏無事な生活が訪れることを祈ります。



愛が、すべての人達に、分けられてますように。



【ご支援いただいた方々】
りおさん
畑菜穂子さん
安部昴介さん
くみさん
木村幸司さん
いいお千尋さん
山田景子さん
佐藤浩和さん
合屋圭子さん
樋口佳乃さん
永冨慎治、淳子さん
笠井健太さん

をはじめ、たくさんのみなさまからご支援いただいています。







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